

2026年4月22日 (水)配信m3.com地域版
2026年1月28日、中部国際空港セントレアから石垣島へ向かう航空機内で、80代男性が突然呼吸停止に陥るという出来事が起きた。その緊急事態にいち早く対応したのが、偶然同じ便に乗り合わせていたふなだ外科内科クリニック(松阪市)院長の鮒田昌貴氏。男性の自発呼吸を回復させ、機体は宮崎空港に緊急着陸。男性は救急隊に引き継がれた。今回は、男性の救助劇の詳細について鮒田氏に話を聞いた。(2026年3月15日オンラインインタビュー、計3回連載の1回目)

鮒田昌貴氏
――鮒田先生は2026年1月28日、石垣島に向かう飛行機の中で呼吸停止に陥った80代男性を救助されました。その時の状況を教えてください。
私は毎年、1月下旬に迎える自身の誕生日に合わせて旅行をしています。今年は1月28日に出発して沖縄県の石垣島で過ごし、2月2日に帰宅する予定でした。それで1月28日、妻と2人で中部国際空港セントレアから午前10時55分の便に搭乗しました。
離陸してから1時間ほど経った頃、私は目を閉じてうつらうつらしていたのですが、前の方から「お父さん」という女性の声が聞こえました。さらにその直後、「いやだ息してない!」という言葉が聞こえたんです。驚いて目を開け、前の様子を見ると、私の斜め前に座っている男性に異変が発生していることが分かりました。それですぐに立ち上がり、医師であることを名乗って男性の隣の乗客と席を代わっていただきました。
――男性はどのような状態だったのですか。
ご本人は目を閉じており、顔は青白く眠っているような感じでした。呼吸をしておらず、脈も測れない状態でした。これは大変だと思い、シートを少しリクライニングさせ、男性の顎をぐっと上げて気道を確保しました。それからベルトを緩めて呼吸がしやすい状態にして、「分かりますか?聞こえますか?」「大きく息をするんですよ。吸ったり吐いたりするんですよ」と声をかけ続けました。
そうこうしているうちに客室乗務員の方が来ましたので、血圧計と酸素飽和度の測定器、酸素を持ってきてもらい、血圧と酸素飽和度を測定。客室乗務員の方に口頭で伝えて記録してもらいました。そうしながら引き続き声をかけ続けていると、3分ほどたった頃に胸壁がキュッと動いたんですね。そこで「聞こえますか?聞こえたら目を開けてください」と声をかけたところ、男性がうっすら目を開け始めました。「あ、これはいけるな」と思い、「大きく息を吸って、吐いてください」という声かけを続けました。するとだんだん胸の動きがはっきりしてきて、脈も触れるようになり、血圧も上昇。酸素飽和度も90%以上になってきました。それで「これは戻ってきてくれているな」と確信しました。
――その後はどのように対応したのですか。
ご本人に「息が止まっていたんですよ。覚えていますか」と聞いたところ、「全然分からない」と言うんですね。胸壁が動くまでの3分間の記憶がなく、なぜ自分がこのような状況になっているのか分からないようでした。
その後、血圧が正常に戻りだいぶ落ち着いたので、今度は奥様に問診しました。既往歴、手術歴、入院歴、アレルギー歴などを伺ったところ、「持病はありません」と言われたのですが、「飲んでいる薬はありますか」と尋ねると「血圧の薬を飲んでいます」と答えられました。笑い話のようですが、「それは持病ですから、この後病院に行った時にその薬を見せてください」と説明しました。
――飛行機は宮崎空港に緊急着陸したと聞きました。
一命は取り留めましたが、男性は3分間呼吸が止まっており、また呼吸停止する可能性もあります。ということで、「ドクター命令です。機長に近くの空港に着陸するよう手配してください」とお願いしました。それで午後0時38分、飛行機は宮崎空港に緊急着陸しました。
着陸の直前には男性の血圧は130/80mmHgまで戻っており、呼吸も正常で意識もしっかりしていました。救急隊に、3分間呼吸が止まっていたことを含めて状況を説明し、CT撮影などの検査を依頼して引き継ぎました。
――飛行機が宮崎空港に着陸した後はどうなったのですか。
呼吸停止の方を救ったということで、機内で拍手が起きました。ドラマを見ているようだったと言われたりして、私はまるで英雄のような感じでした(笑)。ところが、その後です。乗務員の労働時間の関係で、このまま石垣へは飛べないというアナウンスがありました。「セントレアへ戻る方は挙手してください」と言われた時は十数人の方が手を挙げ、先ほどまで和やかな雰囲気だったのが、私もこの場にいるのがつらくなってきた感じで(笑)。
そこで、私は客室乗務員の方に「経由便でもいいので石垣に行ける方法を探してください」とお願いしてみたところ、最終的には別のクルーと別の飛行機で石垣へ飛べることになり、無事に石垣島に到着することができました。
――予定通り石垣島での滞在を楽しむことができたのですね。
当初の予定通り、石垣島で過ごして2月2日夜に帰宅しました。1月29日には航空会社から感謝のメールをお送りいただき、2月2日に読ませていただきましたし、帰りの便でも客室乗務員の責任者の方からお礼の言葉をいただきました。
――救助した男性と後日話す機会はあったのですか。
男性とは直接お話ししていないのですが、2月5日に奥様からのお手紙とお礼の品が届きました。「先生が機内に乗っていただいていたことでどれだけ心強かったか。感謝申し上げます」というお言葉と、着陸後に宮崎県立宮崎病院(宮崎市)で男性が頭と心臓の検査を受け、異常なかったことが記されていました。重大な病気などがなくて良かったです。
――改めて今回の救助を振り返っていかがですか。
何よりの報酬は、一人の命が助かったという事実そのものだと思います。医師として長年積み重ねた知識と経験がこの非常事態に誰かの役に立ったということは、まさに医者冥利に尽きます。私は1月29日が誕生日で、あの空の上での決断というのは、私の医師としての原点をもう一度再認識、再確認させてくれました。そういう意味で私にとって最高の誕生日プレゼントになったのではないかと思いますね。
◆鮒田 昌貴(ふなだ・まさき)氏
1980年、三重大学医学部卒業。三重大学医学部附属病院、上野市民病院、新宮市立市民病院、小山田記念温泉病院での勤務を経て1991年、ふなだ外科内科クリニックを開業し院長に就任。医学博士。日本消化器内視鏡学会専門医。日本医師会認定健康スポーツ医。日本医師会認定産業医。
【取材・文=荒川慎司(写真は本人提供)】
出典:m3.com
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